航海士技能の基本中の基本である『船位測定』の話です。数百年前の帆船による大航海時代の頃から船の位置を知るために、大洋上で六分儀を使って太陽や星の高度を測定するという、いわゆる天体観測を行っていました。太陽や星の高度から本船位置を算出する天測位置計算です。

しかし、時代は移り変り、今では六分儀も法定属具から除外され、本船位置の計測手段は完全にGPSに移行されました。これは航海士にとっては革命的な出来事です。天測位置を海図に正確に入れられるようになるために、練習船で六分儀を使用した天体観測及びその位置計算にどれだけ訓練時間を費やしたことでしょうか。「帆船実習は天測実習」と言っても過言ではありませんでした。それが今ではGPSにより、24時間いつでも正確な船位を得ることができる時代です。おそらく船の知識のない素人でも、緯度経度表示の説明を聞けば直ぐにGPSで船位を海図に入れることができる、あるいは既にECDIS(電子海図情報表示装置)上で確認できるでしょう。
私が入社した頃にはまだGPSは普及されておらず、電波航法による船位取得方法としてはNNSS、ロラン、デッカ、オメガを使用していました。それを補う形で天測で船位を入れていました。これらの計測装置は一長一短で、天測よりも正確な船位が得られますが、設定に手間がかかったり、欲しい時間帯に船位データーを入手できなかったり、不便さがありました。皆さんはNNSSやロランCを学校では習ったかも知れませんが、実際に使った経験がないのではありませんか? 以下に簡単に説明しておきます。
「NNSS」とはNavy Navigation Satellite Systemの略で、1964年に米海軍が打ち上げた軍事衛星を1967年から一般商船が利用できるようになり、衛星から受信した電波の周波数のドップラー効果を利用して船位を算出していました。このNNSSの不便さは衛星が所定の位置に飛来したときにしか船位を測定できないため、数時間に1回程度しか測位ができなかったことです。ひどいときには7、8時間もの間、船位が得られません。従って、補完として天測による位置確認が必要となります。
「ロランC」は2~4個の異なる陸上局から発信する電波を船が受信するまでの伝達時間差を計測して位置を算出する装置で、2015年に日本国内のロランCは全て廃止されました。「デッカ」は2局から船が受信する電波の位相差を計測して位置を算出する装置で、昔はドーバー海峡のパイロットが乗船時に自分で小型のデッカ装置を持参していました。なお、なお、日本では2001年に民間の運用が停止され、海上自衛隊が航法支援のため2020年まで運用していました。
「オメガ」もデッカと同じく電波の位相差を利用した装置でしたが、GPSの普及に伴い1997年に廃止されました。そう言えば、まだGPSが普及していない頃に、航海士がまともな船位を入れられないことを心配したある船長さんが、個人で1台10万円以上もする携帯型GPSを自宅で購入して船に持ち込んでいました。My GPSがあれば、位置を入れられない航海士が当直していても船長さんは一安心といったところでした。