航海士が入港前の航海当直でPilot Station到着時間を予定通りにする『ETA調整』の話です。
あるLNG船でパイロット乗船地点の到着時間を調整することに失敗した例を紹介します。入港前日、航海士にETA調整のため航路から外れて、距離を伸ばすためにDeviationによってパイロット乗船地点への到着時間を適宜調整するようにオーダーしました。
LNG船の場合、LNGカーゴから発生するガスをボイラーで燃焼させる必要があるために、主機回転数を任意な回転に設定することができないケースが多々あり、入港前の余った時間は、航行距離を延長して時間調整することが一般的です。
パイロット乗船3時間前に通過予定の地点を海図に記入し、「15分程度までの早い遅いの誤差なら問題ないから、この海図に記入した地点を朝6時頃に通過するように調整すること」と当直航海士に頼んで就寝しました。すると朝5時頃に当直航海士から私の部屋に電話がありました。「キャプテン、風が強くなって速力が落ちました。」という報告です。あわてて船橋に上がって海図を見ると、本船は06時の目安の地点から40分も遅れた地点にいるではないですか。私には状況が理解できず、なぜ遅れたかのか理由を聞いてみると、「風が急に強くなり、潮流も強くなったために、予定より遅れました。」と当直航海士は説明します。
よくよく海図を見てみると時間が余りすぎたため、コースラインと逆方向へ航進し、4時30分頃に原進路へ戻すために反転しています。反転するまでは、風と潮流を船尾から受けており、船速が16ノット以上ありました。ところが反転して原進路に戻ってからは12.5ノットしか出ていません。当時の風向風力に変化はありません。風が強くなったのではなく、風を追い手に受けて航行している状態から反転したために向かい風に変わっただけなのです。この当直航海士は本船が反転した後に風や潮流を船首から受けることになることを全く考慮していなかったのです。船尾から強い風と潮流を受けて16ノット出ていれば、反転後は当然その分、船速が大幅に低下することは誰でも予想できるはずです。しかも、反転するときには船速が著しく低下し、回頭終了まで15~20分程度は必要なことも考慮しておらず、反転が終わったときにはもうすでに大幅に遅れており、ETAの調整失敗は明らかです。こんな状況で「風が強くなったために遅れました。」というような苦し紛れの言い訳を船長にしても無駄です。船長はすべてお見通しです。
ETA調整は簡単なようですが、慣れない航海士にとっては強風や強潮流下で反転してETAを調整するのは案外難しいものです。しかも、他航行船がたくさん輻輳している海域では、それらの航行船を避けながらの時間調整となり、さらに難易度が上がります。皆さんもETA調整するときは風や潮流の向きや強さの変化、船の回頭に要する時間、他航行船との見合い関係を十分に考慮してください。
また、ある船での経験ですが、関崎パイロットステーション向け豊後水道手前を北上中、突風のように急激に向かい風が強くなり、船速が大幅に低下してしまいETAが間に合わなくなったこともあります。陸地の狭間となる海域では、地形的に強風が吹きやすくなっています。このときは慌てて就寝しているC/Eに連絡して回転数を上げてもらいました。このように予測できない突風や強潮流に対しても想定範囲内に収めて十分な余裕を持って船速調整する必要があります。