絶対にあり得ないと思っていた事故が起こるのが船の現場

人間が関わる限り、絶対にゼロになることはない『ヒューマンエラー』の話です。

下の写真は非常に珍しい光景です。LNG船に乗船経験がある人なら、「これは大変なことになったな!」と思わず呟いてしまう状況です。そうです。「ESD-2」が作動した状態です。

少し説明しますと、LNG船では積荷・揚荷のために陸上アームを本船マニフォールドの液ラインに接続します。その船と陸の接続部分に「Emergency Shut Down Valve(ESDバルブ)」という名のバルブが付いており、何か重大なトラブルが発生したときには緊急手段として自動的にそのバルブがShutし、船陸のLNGの流れを断つことにより安全を確保します。このシステムを「ESD System(Emergency Shut Down System)」と言います。この機能は俗に「ESD-1」と呼ばれ、毎回の積揚荷役前に作動テストを行います。荷役機器の不具合等発生時にバルブが自動で閉となる安全装置です。

そして、さらにもう一段高いレベルの安全装置が俗に言う「ESD-2」です。船上火災、陸上火災あるいは津波が発生して、本船が緊急に離桟しなければならなくなった場合、作業員が来てから陸上アームを外していたのでは間に合いません。そのため、ボタン一つで陸上アームが切り離される安全システムが備わっています。いわゆる緊急離脱装置(ERS:Emergency Release System)を作動させる信号を「ESD-2」と呼びます。

参考 LNG荷役設備白川裕著, 日本マリンエンジニアリング学会誌 第47巻 第5号(2012)

陸上アームを切り離す部分の上下に各1個ずつボールバルブが付いており、まず最初に、この2個のバルブが油圧で自動的にShutします。そして、その2個のバルブの中間部分で陸上アームを船のマニホールドから油圧で自動的に切り離します。そうすればほとんどLNGが陸上アーム外に漏れることなく、陸上アームを切り離すことができるのです。下の写真の光景がこの緊急離脱装置が作動した状態なのです。本船上に陸上アーム先端部分が残った状態であり、丁度トカゲのしっぽきりの状態です。このERS(ESD-2の発報)が実際に作動した経験を持つ航海士はほとんどいないはずです。

一旦、陸上アームが緊急離脱してしまうと、再接続には多大な時間と労力を要するので、普段は作動テストも実施しません。平時には絶対に作動しないこの装置がなぜ作動したのでしょうか? 直接の原因は作業員の誤操作です。ヒューマンエラーなのです。ESDバルブの緊急閉(ESD-1)のテストを実施するときに、陸上の操作員が間違って、緊急離脱(ESD-2)のボタンを押してしまったのです。たったボタン1個の押し間違いが荷役作業を1日遅らせる結果となりました。

事故発生後の原因調査でボタンの状態を調べて見ると、バルブ閉(ESD-1)のボタンとアーム切り離し(ESD-2)のボタンは同じ色で縦に10cmほどの間隔で並んでおり、しかも名前を表示はしていますが、ボタンにはカバーも付けられておらず、プロテクトされていません。普通に考えれば、普段は絶対に押してはいけないボタン(ESD-2)は赤く塗るとか、プラスチックカバーを付けるとかするべきであり、しているはずです。

これはいわば、ヒューマンエラーを誘発する状態となっていた機器(ハードウェアー)の不具合(不安全状態)です。そして、作業員がシステムを理解せずに操作したのか、あるいは確認せずにうっかり押してしまったのか不明ですが、明らかに操作員への教育不足あるいは、作業員の技術レベルに問題があります。このトラブルのように絶対ありえないと思っている事故が現実に発生するのが現場なのです。ヒューマンエラー発生を防止するためには、できる限りハードウェアーによるプロテクトが必要です。

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