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海上勤務ではミスのない戦術、陸上勤務では大局的な戦略

陸上社員と比べて船員の優れた点と劣っている点、いわゆる『得手不得手』の話です。

ある先輩が言っていました。「船員は、システムを保守・管理する能力に優れているのは間違いないけれど、陸上社員に比べて、システム全体を把握して新たなものを作り出すのが不得意だよなぁ。」 言い得て妙、当たらずとも遠からず。確かに私達船員の仕事は、船という自己完結を求められる巨大で複雑なシステムを安全かつ確実に管理・運転することが最大の使命です。そのため、細部にまで渡って点検、監視したり、問題点を抽出したり、修理・改善したりすることは得意です。しかし、新規プロジェクトや新しい制度を企画して、生み出すことには慣れておらず、思っているよりも不得意なのかも知れません。陸上勤務したときにそれを実感する船員が多いことでしょう。私達船員の仕事は技術者(技術職)としてのウェートが大きいので、どうしても陸上社員よりもソフト的なシステムの企画・構築に慣れていません。

ところで、皆さんは「戦略」と「戦術」の違いを知っていますか?戦争の作戦に例えると、私達船員は「戦術」は得意であるが、「戦略」は不得意ということになります。「戦略」は英語で「Strategy」。「戦術」より広範囲に大局的かつ長期的な作戦計画を立て、各戦闘を総合的に運用する方法です。一方、「戦術」は英語で「Tactics」。1つの戦闘における戦闘力の使用方法で、ある目的を達成するため状況に応じて短期的に運用する方法です。私達乗船中の船員は最前線で戦っている軍人と同じです。船の仕事は「戦術」の優劣でその戦の勝敗が決します。言い換えれば、船員の腕で船の安全の優劣が決まります。しかし、船員が陸上勤務で遂行する職務は船の後方からの支援や指示・命令が主体となります。このときは大局を見極める戦略の良し悪しが戦の勝敗を決めます。ですからこれからますます陸上勤務が多くなる船員は「戦術」のみならず、「戦略」のノウハウも身に付けてあらゆる戦に勝たなければいけません。海上勤務でミスのない完璧な「戦術」を遂行し、陸上勤務で大局的ですばらしい「戦略」を展開するのです。

船員に必要かつ得意な「術」(戦術)の一つとして「シーマンシップ(Seamanship)」があります。このシーマンシップとは何でしょう? 「船乗りの心意気」のように精神論的な意味合いを思い浮かべる人がいるかも知れませんが、それは間違いです。英語辞書によると「操船術」です。シーマンシップの精神は海上衝突予防法にも取り入れられています。「切迫した危険のある特殊な状況では、衝突予防法の規定に従わなくても良い。」と規定されています。長き伝統に基づく良き慣行である「グッドシーマンシップ」による危険回避が求められているのです。「シーマンシップ」は海上における経験や訓練によって培われる技術(戦術)のことで学問やサイエンスや精神論ではありません。

「航海学」の中にもシーマンシップがあります。「航海学」を体系的に分類すると「航海術」と「運用術」の2つに分けることができます。航海術は英語の「Navigation」であり、運用術は「Seamanship」に当たります。また、「学」と「術」を区別するとすれば、「航海術」や「運用術」は私達船員の腕の見せどころである「匠の技」(戦術)です。そして、科学技術の進歩により「航海術」は「航海学」という学問になり、「運用術」は「運用学」という学問になりました。

帆船時代から脈々と続く航海術が今では宇宙航法まで取り入れた航海学へと発展したのです。同じように運用術も海上交通工学や海洋工学を取り入れた運用学へと発展しています。私達船員は、航海術・運用術という「戦術」の範囲で満足するのではなく、船上・陸上の両方で活躍するために航海学・運用学という「戦略」の範囲まで手を伸ばし、自分のものにするべきです。

 

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