まさか、中に人が?と、緊張感が高まりました

『船員の命を守る最後の手段である救命艇』の話です。

私の船上経験の中でも鮮明に記憶に残っている出来事の一つ、それは漂流している救命艇を発見したことです。LNG船でフィリピンのルソン島西岸沖を航行中の朝6時頃でした。当直中の1/Oから「救命艇を左舷前方3マイルぐらいのところに発見しました。」と船長室に電話がありました。まさかと思いながらも直ぐに船橋に上がって見ると、確かに視認できるすぐ近くに救命艇が浮いています。エンジンが動いている様子もなく、静かに海面上を漂っている状態です。双眼鏡で見ても人影もなく、VHFで呼出しましたが、応答はありません。船橋にいる私や当直航海士の緊張感が徐々に増してきます。

当時の本船はスケジュール調整のための減速航海をしており、Half Ahead、約9ノットで航行していたので、時間にも十分に余裕があり、ある意味、絶好の人命救助の機会であると内心では思いました。(もちろん今まで人命救助したことはありません)本船は救命艇に近づくために針路を調整しました。

すぐそこまで近づいた救命艇を注意深く見ると窓ガラスが割れ、サイドのドアも上写真(発見した救命艇の実際の写真)の通り開いたままで、呼びかけても何の応答もありません。とにかく救命艇内が無人であるかどうか確認する必要があります。中で人が倒れているかもしれません。本船を距離10mぐらいまで接近させて、肉眼で中を確認しました。

救命艇の中に遺体でもあればどうしようかと、このときはほんとうに緊張しました。しかし、中には誰もいませんでした。救命艇の周囲を3周して、救助すべき人がいないことを確認し、直ぐに本船の管理会社や最寄りのフィリピンのRCCへ「救命艇発見、乗組員は乗艇していない。」旨を連絡しました。フィリピンのRCC担当者の話によると、その救命艇は先月この海域で荒天に遭難した自動車運搬船の救命艇で、事故・救助処理は既に終結しているとのことでした。フィリピンのRCCはその漂流している救命艇を本船が回収できるか問い合わせてきましたが、本船は大型LNG船のため回収不可能と返答すると、RCCは本船の状況を理解し、現場を離れることを認めたので、その場から離れました。

救助活動に関連して「No Cure No Pay」という言葉を知っておく必要があります。学校でも習ったと思いますが、日本語で言うと「不成功無報酬」です。サルベージ会社や曳船会社と救助される側が締結する契約の一種です。救助が不成功に終わると、救助業者は一円も貰えません。しかし、もし成功すると救助された資産価値によっては莫大な金額を救助された側が救助業者に支払わざるを得なくなることもあるので、安易に契約してはいけません。

もちろん、緊急を要する場合やどうしても必要なときは救助を求めざるを得ないでしょうが、救助契約を結ぶ時に契約の内容が後々の費用支払時に大問題となります。会社を通じてサルベージ会社と納得いく契約を締結してから援助してもらうことが肝要です。「救助活動」と「支援活動」では大違いです。

MEMO
2018年に改正された商法では、「不成功無報酬」の原則を修正して、救助が不成功または一部成功の場合においても、環境損害の防止軽減措置をとった救助者は、船舶所有者に対してその支出した実費の支払いなどの「特別補償料」を請求できる規定が新設されました。この「特別補償料」は、原則として任意救助と契約救助の何れにも適用されますが、契約に特約がある場合は、それに従うこととなっています。

ところで、こんなこともありました。LNG船で南シナ海において時間調整のため、Driftingを開始したところ、たまたま近くを航行するタグボートが本船に近寄ってきて、本船をVHFで呼び出して「貴船は救助が必要なのか?」と問い合わせてきました。まさに一攫千金、タグボートは救助活動によって巨額の報酬を手にしようと虎視眈々と獲物を狙っているのです。「本船は時間調整のためDrifting中であり、救助は不要です。」とそのときは、丁重にお断りしました。


参考文献: 箱井崇史 (著) 基本講義 現代海商法 3版

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