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救命艇トラブル いろいろ

私が実際に体験した『救命艇トラブル』の話をいくつか紹介します。

各種操練の中でも、特に救命艇の着水テストを行うときには全員が適度に緊張し、神経を集中して事故を起こさないよう細心の注意が必要です。特に現場責任者の一等航海士にとっては不測の事態が起こるかも知れないという不安を感じながら全精力を注いで指揮を執っています。

乗艇要員に任命された乗組員は、ひょっとして高いところから救命艇が落下するのではないかという恐怖心が生まれて心拍数も上昇します。しかし、全員で綿密な手順の打ち合わせを行い、注意点を確認して、頭に叩き込んでおけば救命艇を恐れる必要はありません。乗組員全員の良好なチームワークによって安全かつ円滑な救命艇作業が可能となります。

そうは言いながら、現実に救命艇に関するトラブルが多く発生していることも紛れもない事実です。実際に遭難が発生した時に乗組員の命を守るはずの救命艇が、訓練中に乗組員を傷つけたり、その命を奪ったりするという皮肉な結果が起こっています。しかし、私達乗組員の命を守る救命艇ですから、常に良好な状態を維持し、適切な運用をしなければいけません。そのために航海士は作業手順に精通する必要があるのです。

十数年前、IMOのMSCからの通達で、救命艇の落下防止装置(FPD:Fall Preventer Device)を常時、救命艇に設置しておくことになりました。やはり救命艇降下作業中の痛ましい死亡事故の再発防止を優先した結果です。


では私が実際に経験した失敗や注意点を紹介します。

 救命艇が海面に着水した後に離船のため、直ぐに船首Long Painterを外すことになりますが、最近の救命艇ではこのPainterを艇内から外すことができる便利な仕掛けになっています。それを知らない甲板手がわざわざ艇外に出てPainterを外しました。

折角、艇内から安全にPainterを外すことができるのに、救命艇外へ出て危険な作業を行っていました。当然知っていると思っていても、ほんとうに知らない乗組員もいれば、緊張して考えが及ばない乗組員もいます。そのため参加者全員で事前に細部にわたって具体的な手順を確認しておかなければいけません。 

 救命艇着水テストが終わり、救命艇を引き揚げるために艇のHookをBlockに引っ掛けますが、このとき船外に出て作業することがあります。艇内から手や顔を出すだけで出来れば、それに越したことはありませんが、艇外で作業をせざるを得ないときもあります。そのとき無意識に救命艇と本船外板の間に立つ乗組員がいます。救命艇が本船側に圧流されると、作業している乗組員は救命艇と本船にはさまれ、非常に危険です。当然、救命艇の海側に立つべきです。

必死に作業をしている乗組員には周囲の状況が見えないものです。危険な位置で作業をしようとする乗組員がいたら、甲板上から直ぐに注意喚起しなければいけません。 

多く発生しているトラブルの一つです。私も何度か経験がありますが、リモコンワイヤーが突起物に引っかかって切断したり、救命艇内で引っかかって切断したりする事故です。幸い大事に至ったことはありませんが、リモコンワイヤーの状態確認は救命艇降下前に実施する重要な作業の一つです。 

救命艇が海面に着水した後、Auto Releaseを作動させていないのに、うねりで救命艇が大きく揺れてワイヤーブロックが救命艇フックから外れたことがあります。原因はリンクストッパーの固着です。リンクストッパーはワイヤーブロックが救命艇のフックから抜けないためにあるのですが、そのときはリンクストッパーが固着しており、開いたままの位置で動かなくなり、外れるはずのないワイヤーブロックが外れました。日頃からリンクストッパーに十分なグリースを塗布し、固着がないことを確認しなければいけません。 

救命艇収納作業において救命艇内部にいる乗組員が危険な状況となるのは、救命艇のHookをBlockに掛け終えてから、直ぐに救命艇を巻き揚げてもらえないときです。救命艇の船首尾のHookがBlockにかかり、Boatを巻き揚げるよう甲板上へ依頼してもぐずぐずしてなかなか巻き揚げてもらえないときがあります。こんなとき救命艇は大きく揺れ、船首尾のBlockが激しく救命艇を叩きつけます。救命艇内にいる人にとっては1秒でも早く海面上へ巻き揚げてほしいのです。

ですから、甲板上の作業員はいつでも素早く巻き揚げられるように準備していなければいけません。そしてBlockまわりの作業員がクリアーで、確実に救命艇のHookがBlockにかかっていることを確認したら、素早く海面上1m程度まで巻き揚げましょう。昔の救命艇はHookをBlockに引っ掛けてからQuick Release Systemをリセットするタイプが多く、少しでも救命艇が揺れていると手をはさまれたりする非常に危険な作業となりました。

しかし、最近のHookはBlockに引っ掛ける前からリセットできるので、救命艇が船から離れたらすぐにQuick Release Systemをリセットすればよく、格納時はBlockをつかんで素早くリンクをHookに引っ掛ければOKです。比較的安全かつ容易に作業ができるように救命艇も改善されているのです。ちなみに救命艇の着水テストを行うときには、Blockに長さ1mの先取りロープを結んでおけば、救命艇を収納するときに艇内の作業員は救命艇が揺れている状態でも容易にBlockを掴むことができて便利です。 

救命艇HookをBlockに引っ掛けたところまでは良かったのですが、Boat Fall Wireが撚りで“X”の字状にCrossしていたことがあります。WireがX字の状態のまま救命艇を引き揚げると、Wire同士がこすれて最悪の場合、Wireが切断する危険性があります。救命艇のHookをBlockに引っ掛けるときはBlockの方向を確認し、WireがCrossしていないことを確認する必要があります。 

救命艇を舷外へ振り出したとき、船首側のDavitは船外へ振り出されましたが、船尾側のDavitが動きませんでした。そのため、救命艇の姿勢が大きく斜めになり、構造物にぶつかって、救命艇に凹損を生じました。2か月前には何の問題もなく舷外に振り出されたDavitがこのときは動きませんでした。はっきりした原因は不明ですが、Davitの油切れの可能性があります。日頃から十分なGreasingが必要です。Davitの固着が心配な場合は、救命艇をほんの少し振り出して、Davitの動きが正常であることを確認してから本格的に振り出します。 

救命艇を舷側デッキレベルまで降ろして止めようとしたが、止まらずに救命艇が海面までずるずると降りて着水してしまったことがあります。原因は、舷側の遠隔ハンドルに接続されているリモコンワイヤーが張りすぎた状態となっており、ブレーキレバーが効く方向(下方向)へ十分に降りなかったためです。直ぐにウィンチで巻き揚げようにも巻きあがりません。救命艇はブレーキが効いていない状態では空回りしてしまい、ウィンチで巻きあがらない機構となっています。ですから、このときも張り過ぎているリモコンワイヤーを緩めて、ブレーキレバーを完全に下げてブレーキを十分に効かせてからウィンチで救命艇を巻き揚げました。 

救命艇収納作業でWinchが動かない原因の殆どが、電源Boxのブレーカーが入っていないためか、DavitのLimit Switchが固着しているかです。ある船ではリモコン操作で誤ってEmergency Stop Switchを押してしまって、Winchが動かないと右往左往したことがあります。Emergency Stop Switchを押すとBreakerが落ちてしまうので、配電盤へ行き、ブレーカーを入れ直さなければいけません。

 

私は経験ありませんが、救命艇振り出し時にLashing WireがBoatの構造物に引っかかって損傷する事故が結構多く発生しています。ですから今では同種事故再発防止のため操練時にはLashing Wireを外して、救命艇に絡みつかないようClearな状態にしてから振出しています。もちろん実際に急いで救命艇を降ろすときにはLashing Wireをとき解いている余裕はなく、そのまま降下させるべきです。 


余談になりますが、外国船では船尾中央に斜めの状態で救命艇を装備した船があります。なぜか日本船で装備している船はそれほど多くありません。救命艇で脱出するときは、船尾海上へジェットコースターのように落ちていくのだろうか、危なくないのだろうかと思います。一見、降下するときに非常に怖そうですが、実際に乗艇した経験のあるインド人航海士に聞くと、意外とゆっくりしたスピードで安全に着水できるそうです。収納も専用デリックで比較的容易に救命艇を引っ張り揚げて格納することができるそうです。一度、この救命艇に乗船して降下してみたいものですが、おそらくそのチャンスは訪れることはないでしょう。

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