『メンブレン型LNG船』の話です。
モス型 (MOSS Type) とメンブレン型 (Membrane Type)
LNG船をその構造で分類すると、モス型 (MOSS Type) とメンブレン型 (Membrane Type) の二つのタイプに分かれます。MOSS型というのは皆さんもよくご存知のあのデッキ上に球形の大きなタンクを串ダンゴのように乗せたタイプです。タンク数も3個から6個と様々。MOSS型のタンク数は最大5個かと思っていましたが、この間実際にカーゴタンクが6個あるLNG船を見ました。MOSS型のMOSSとはノルウェー南部の都市の名前で、その街にある「Moss Rosenberg」という会社が開発したLNG船をMOSS型と呼ぶのです。
一方「メンブレン」は英語で「膜」と言う意味で、文字通りメンブレン船のカーゴタンクは薄い膜で構成されています。メンブレン船は外見ではバラ積船と自動車船の中間程度の高さの箱型タンクがデッキ上に見えており、どちらかと言えばその外見はLPG船によく似ています。おそらくLNG船を知らない人がメンブレン船を見ても、船体にLNGという文字が書かれていなければ、LNG船とは思わないのではないでしょうか。
MOSS型カーゴタンクは数センチの厚さがあるので漏洩事故はまず考えられませんが、メンブレン型カーゴタンクは、厚さが数ミリしかないため、しばしば漏洩事故が発生しています。そのため、安定輸送が最優先課題である日本の電力会社・ガス会社が建造にかかわるLNG船の多くはMOSS型LNG船が採用されています。
では、世界で運航されているLNG船は全部で何隻でしょうか?正確な数字を知りませんが、ほんの十数年前には世界のLNG船の数は120隻程度でした。それが10年余りの間に300隻を軽く超えて約370隻(執筆当時)になったと言われています。世界中でVLCCの数が400隻余りですから、丁度VLCCとLNG船の隻数が横並びで約400隻になったのです。
そして、これからもLNG船の隻数はまだまだ増加する傾向にあります。世界のLNG船の中でMOSS型とメンブレン型のどちらが多いというと、圧倒的にメンブレン型のLNG船の隻数が多いはずです。その理由は何よりもメンブレン型LNG船の建造費がMOSS型に比較して2、3割は安価なことです。しかもMOSS型のカーゴタンクよりメンブレン型のカーゴタンクのほうが技術的にも建造しやすく、世界各国の造船所で建造できるということもメンブレン型が普及している理由の一つでしょう。
メンブレン型LNG船の方が楽勝??
航海士にとってMOSS型LNG船と比べてメンブレン型LNG船の方が楽勝です。少々オーバーな言い方になりましたが、要はメンブレン船を過剰に恐れる必要はないということです。メンブレン船2隻にC/Oとして乗船経験のある私が断言するのですから間違いありません。メンブレン船を知らない人にとっては特殊な装置が数多く装備されており、特別なオペレーションが必要という先入観がありますが、それほど特別なものはありません。MOSS型LNG船の基本をマスターしている人であれば、間違いなくメンブレン船の航海士も立派に務まります。船体構造その他多少異なる部分もありますが、それは自分で少し勉強するか、乗船して慣れ親しめば十分です。
私もメンブレン船に乗船する前は、メンブレン船の知識も経験もなくて大丈夫だろうかと非常に不安になりました。研修所からメンブレン船の資料を自宅へ送ってもらって、一生懸命読んで理解しようと努めました。しかし、Manual類を読んだだけで、すべて理解できるわけがありません。実際に乗船して数か月経ってやっとメンブレン船の現場を知ることとなります。MOSS型LNG船の経験があれば、通常のオペレーションにはそれ程差違はないので、メンブレン船に乗船しても十分に対応できます。
メンブレン船とMOSS型船との主な相違点
少し専門的になるかも知れませんが、私が知る範囲でメンブレン船とMOSS型船との主な相違点について列挙しておきます。
タンク形状が異なる
MOSS型船のカーゴタンクは厚さ約30~60mmのアルミニウム合金でできていますが、メンブレン船のカーゴタンクの厚さは、わずか1mm程度のステンレス又はインバー材(ニッケル鋼)で覆われているだけです。
なぜ、こんな薄い膜の入れ物でLNGカーゴが積めるのかと不思議です。その答えは、薄い膜の周囲が丈夫な「防熱材」と「隔壁」に覆われているからです。この防熱材と隔壁がLNGカーゴの力に耐え得る強度を補っているのです。
一次バリアー/二次バリアー
LNG船は安全のために二重構造のタンクが基本ですが、MOSS型船では二次バリアー(2次防壁)がありません。正確に言えば、MOSS型船では一次バリアー(1次防壁)としてカーゴタンクがあり、その周りはホールドスペースとなっており、ホールドスペース底部にあるDrip Panが二次バリアーとして便宜上取り扱われています。メンブレン船では一次バリアーの外側に二次バリアーが隣接しています。
メンブレン船が二重構造となっているのは、それだけメンブレンタンクが弱くて漏れやすいということでしょう。実際にメンブレン船ではメンブレンシートの不具合で漏洩する事故が多数起こっています。例えば、カーゴタンク内の高いところから金具や道具を落としただけで、タンクに穴が開いてしまうほどメンブレンの膜自体は弱いものです。
超大型船の建造が容易
最近ではタンク容量200,000m3を超える「キューフレックス(210,000m3)」や「キューマックス(260,000m3)」と呼ばれるメンブレン船も就航していますが、MOSS型船ではまだ、そこまで大型化はしていません。しかし、話によるとMOSS型船の大型化も進み、完全な球形でなく、球を半分に切って真中に円筒を付け足した魔法瓶のような格好のタンクにして容積を増やしたMOSS型が開発されているようで、容量は170,000m3を超えます。
ガスリークチェック
MOSS型船ではCargo Hold内に独立したタンクがあるので、ガス漏洩の監視はタンク周辺のHold内をモニターして行いますが、メンブレンではCargo Tankの八方をVoid Space、Double Bottom、Ballast Tankと隣接しているため、それら全ての区画のガス漏洩がないことを確認して初めてTankの健全性を証明することができます。
その他メンブレン船の特徴
- メンブレン船ではカーゴの半載は厳禁。もし半載で出港すると、船体動揺による自由水の衝撃力にCargo Tankの強度が堪えられず、損傷してしまう。
- カーゴポンプ故障時にMOSS型船で行われる圧力揚荷がメンブレン船ではできないため、予備のCargo PumpとSpray Pump各1台をCompressor Room付近のストアーに所持している。
- カーゴタンクに隣接するVoid Spaceが冷却されて結露するので、Void Spaceを加熱するためのHeating Systemを装備している。
- 方形タンクなのでタンカーと同様に揚荷の最終段階では大きなTrimを付けて浚える。
- 一次バリアーと二次バリアーにN2を供給しており、その圧力管理 (一定圧力差キープ) を行っている。
- Ready to Load Conditionの要件は赤道温度ではなく、タンク平均温度を基準にしている。
- ホグ・サグ変化がMOSS型船に比較して大きい。
- 積地出港直後、少しでも船体が揺れ始めるとTank圧が急上昇する。
- 船首の死角エリアが少ないので、MOSS型船より船橋の高さが低い。
なお、メンブレン船はそのタンク構造や材質の違いによって「MarkⅢ」と「No.96」の2種類に分類されます。Technigazという会社が開発したのが「MarkⅢ」、Gaz Transportという会社が開発したのが「No.96」、そして、このライバル会社同士が合併したので話がややこしい。
「MarkⅢ」は厚さ1.2mmのステンレス製の膜を一次Barrierに使用していますが、ステンレスはかなり膨張伸縮が大きいので、膨張伸縮をコルゲート (Corrugation) という しわ (波型) を作って吸収します。二次Barrierには「Triplex」というグラスウールとアルミフォイルを張り合わせたものを使用します。
一方、「No.96」は厚さ0.7mmのINVAR(鉄とニッケルの合金)を一次Barrierに使用しており、熱膨張及び伸縮が非常に少ないのでコルゲートが必要ありません。二次BarrierにもINVARを使用しています。詳しい構造や機能を覚える必要ありませんが、とにかく大別して2種類のメンブレン構造があることを知っておいてください。
しかし、航海士のOperationには何ら違いがありませんので「MarkⅢ型」と「No.96型」があるということだけ覚えておけば十分です。
また、「MarkⅢ型」と「No.96型」の利点を融合させた「CS1型」というメンブレン船も開発されています。このシステムでは一次バリアーにNo.96で使用されていたINVARを使用し、二次バリアーにMarkⅢで採用されていたTriplexを使用しており、まさに両者の美味しいとこ取りです。
内容は執筆当時のものです