普段はあまり意識されない『ストレーナー』の話です。
ある船で、バラスト作業においてGravityにより漲水するときにストレーナーを通さず漲り込んでいる人がいました。ストレーナーを通さないでバラストタンクへ漲り込んだ場合、異物がタンク内へ混入する可能性があります。
船外から海水を吸い込むSea Suctionには目の荒い防護網が付いていますが、これでは完全に異物を除去できません。そのためにバラストラインには必ず目の細かいストレーナーが設置されているのです。バラストタンクに異物が侵入すること自体は大きな問題ではありません。しかし、問題はその異物がバルブやポンプに噛み込み、結果としてバルブやポンプの損傷に至る可能性があることです。一旦ライン内の異物がバルブやポンプに噛み込むと、荷役作業に支障がでる可能性もあり、また、その修理には多大な労力と時間が必要です。
ですから、Gravityといえどもストレーナーを通過するようにラインアップして漲水する必要があります。案外、ストレーナーの位置やその存在を意識せずにバラストポンプを使用している航海士が多いようです。乗船してから、実際のバラストポンプ、ストレーナー、周囲の配管・バルブがどのような配置になっているかを確認するために機関室へ1度も降りたことがない航海士は論外です。図面だけで納得してはいけません。現場を知ってこそ、適切なオペレーションができるのです。
かなり昔の話ですが、あるタンカーの機関室が全没水するという大事故が発生しました。事故はストレーナー掃除を行うときに起きました。機関室内のストレーナー掃除をするときにラインふかしのためにSea Suction Valveを開けました。微開できるバルブだったらまだしもOpen/Shut Valveだったようで、一旦Openすると全開となってしまいました。微開するつもりで、直ぐにShutしようとしましたが、開き始めたバルブが何らかの原因によってShutできませんでした。直径1m近くもあるマンホールから海水圧によって巨大な水柱が立ち上がったことは容易に想像できます。そして、機関室が完全に水没してしまったのです。
皆さんは、「三現主義」という言葉を知っていますか。(現場へ行って、現物を見て、現状を知るという三つの現です。)船の世界はバーチャル空間ではないのです。船の機器は発熱したり、異音を発したり、そして最悪の場合、壊れます。そういう機械を私達は取り扱っているのです。基本は現場へ行って、現物を見て、現在の状態を知ることです。映画の有名なせりふ、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」という言葉の「事件」を「事故」に置き換えることができます。
事故は現場で起きているのです。現場がどのようになっており、どんな問題が目の前にあるか知り、今後どんなことが起こるかを推測し、どのように対処するかを検討する必要があります。皆さんも現場を見て、知って、考えて実行に移すという「現場力」を少しでも高めるよう努力して下さい。きっと苦労して身に付けた現場力が自信となって、将来の自分の武器・財産になるはずです。
大昔、まだほとんどのバルブが手動であった頃のタンカーで、ベテランC/Oがテキパキと甲板部員を配置につかせてOpen/Shutを素早く指示するのを見ていて、まるでカウボーイが手綱をしっかり掴んで、体のバランスを巧みに取りながら暴れ馬を手なずけているような印象を持った覚えがあります。おそらくその人の頭の中では具体的にカーゴポンプ、バルブの状態やタンク・パイプ内の貨物油の状態がイメージできているのでしょう。ポンプやバルブの番号、位置関係を頭に叩き込むまで、このC/Oは何度も何度も現場へ行って確認しているはずです。皆さんも、どんなじゃじゃ馬でも手なずけることができるベテラン航海士を目指して現場へ足を運んで、現場を見て知って考えて下さい。