私達船員の強敵であり、永遠の好敵手である『錆』についての話です。
「錆びる」とは学校で化学の時間に習ったように「鉄の酸化反応」のことです。鉄が錆びるのは鉄が酸素とくっ付いて酸化鉄となり、本来の鉄の性質を変えてしまう化学現象です。
この鉄錆には「赤錆」と「黒錆」の2種類があります。赤錆は船内のあちこちに多く見られる錆で、赤色に変色して錆汁が汚らしく流れ出す錆です。これに対し、甲板上の錆びて盛り上がったところを錆打ちすると内部から黒色の錆があらわれます。
これはあきらかに赤錆ではなく黒色をした錆です。もちろん化学式も異なり、赤錆は三酸化二鉄(Fe2O3)で黒錆は四酸化三鉄(Fe3O4)です。黒錆は酸素が欠乏している条件で生成されやすいので、甲板上のペイントに覆われた内部で形成されるのをよく目にします。いずれにせよ、赤錆であろうと黒錆であろうと、本来の鉄の強度に比べて著しく低下するため、錆の発生を防止し、錆の進行を食い止めるのが甲板部に課せられた仕事です。
赤錆、黒錆の他にも色で表現する錆として、銅(Cu)の錆(緑青)を「青錆」と呼び、亜鉛(Zn)の錆を「白錆」と呼びます。亜鉛の白錆は皆さんもバラストタンクで良く目にしているはずです。鉄が錆びるのを防ぐためには鉄が酸素とくっ付く前に他の金属と酸素をくっ付けてやれば良いのです。それがZinc Anodeです。Anodeとして使用される亜鉛という金属は鉄よりイオン化傾向が高く、鉄が酸素と結合する前に亜鉛が酸素と結合して、鉄が錆びるのを防いでいます。
Zinc Anodeの効果は鉄を完全に錆から守る効果はありませんが、ある程度は錆びるのを抑制できます。バラストタンク内のZinc Anodeがやせ細っているということは、それだけ亜鉛が仕事をした、亜鉛が犠牲となって鉄の代わりに錆びてAnodeが効いたということです。逆に言うとそれだけ鉄が錆び始めているのです。ですからペイントコーティングの状態が良くて錆の無いバラストタンクではZinc Anodeの消耗はほとんどありませんが、ペイントコーティングが悪いタンクではZinc Anodeの消耗も激しいのです。
私が聞いて覚えている言葉ですが、「錆は鉄の10倍膨らむ。」と言います。正確に何倍膨らむかは定かではありませんが、例えば1cmの鉄板が錆びて穴が開くまでには厚さ10cm分の錆になるという言葉です。確かに、甲板上の錆で膨らんでいるところを錆打ちしても思ったほど鉄板は凹みません。しかし、錆びても厚さ10倍までは大丈夫と油断して整備を怠ってしまうと、長年の錆びの進行によって、あとあと痛い目を見るかも知れません。
下左の写真は消火栓のナットに錆の花が咲いた状態です。整備せずにこのまま放置してはいけません。このナットの錆びを落とすと下右写真のように、新品のナットと比べてやせ細っており、あと数年でちぎれ落ちてしまいます。
これだけやせてしまえば当然強度も著しく低下して安全な状態とは言えません。やはり甲板上に錆の花を咲かせてはいけないということです。