凌波性

安達 直安達 直

堪航性とは、船舶が安全航海に堪える性能を有する意味の船舶術語であり、船舶の運用にあっては常にそれが完全に維持されなければならない。「船体、機関、諸設備の最低基準を定める事により、船舶の堪航性と人命の安全とを保持する為に制定された船舶安全の基本法令」が、船舶安全法(昭和8年3月15日 施行)である。第1条は「日本船舶は本法によりその堪航性を保持し且つ人命の安全を保持するに必要なる施設を為すに非ざれば之を航行の用に供する事を得ず」との「日本船舶航行供与の要件」を規定している。これが示す通り、船舶での航海開始に先立って点検すべき要点は、荒天に遭遇しても船舶としての役目を果たし得る為の基本性能である。それらは造船工学での船舶の定義となる「浮力」「復原性」「凌波性」に他ならない。「浮力」は船舶が浮かぶ為の根本要件であり、波浪中に在っては船体各部が受ける浮力が絶えず変化するので船体動揺が起こる。そして、船舶に相応しい安全な航海状態を維持するには適正な「復原性」の確保が挙げられる。更に「十分な浮力」と「適正な復原力」と共に配慮すべきは、波浪を凌いで船体や貨客を守って航海を成就する為の「凌波性」である。

凌波性

コンテナ船、タンカー、ばら積船等、全ての船舶は、その船種の特徴に応じて航海中の荷崩れや海水の浸入を防止すべく荒天準備を整えて航海に臨んでいる。特に冬季北太平洋横断のように長期の時化が必定の航海では「発航前の検査」を入念に、且つ航海中にも頻繁に点検している。凌波性については、正面方向からの波浪に対する航行状態を観察すれば目安がつく。最も航海性能の高い船種である大型コンテナ船では、大略20kts超で航走中に正面から風力7、波高4m程度の波浪を受ければ衝撃や打込みが激しくなる。

コンテナ船の凌波

そうなれば、適宜、主機関回転数を下げ、波浪を正横前2ポイント付近より後方に受けるように変針すべきだ。波浪に叩かれず横揺周期が同調しない出会い角度と速力であれば風力10超でも安定して航走できるが、荒天波浪を斜めに切って帆船の如くジグザグ航法を採るのも一法だ。
真船尾から順風を受けての航行は、汽船であっても帆船に似て風力が強まる程に快走するので、敵対し勝ちな絶大な自然力を逆手に取ってまんまと遁走している気分になる。だが帆装全体のパワーが均衡された帆船と違って一般商船では船体後部の受風面積が大きいので、斜め後方からの順風になると風上へ切り上がる回転力:Weather-helmを生じる。すると、これに抗する当て舵を取るので航走抵抗が発生し、期待するほど増速せず、且つ追波との同調横揺、船尾船底への波撃等の不利も蒙る。近年、船舶の高速巨大化により不利な自然力を回避、或いは克服して航海計画を全うできそうに観えるが、やはり帆船の如く自然力を利用する航法や操船の実践が肝腎である。特に冬季太平洋横断の厳しい気象が続く環境では、安全で効率的な航海を成就する為の基本であると痛感させられる。船舶が斜め追い風・波の荒天を航行すると、単にWeather-helmに止まらず、これに追い打ちを掛けるように斜め追波により船尾部が持ち上げられ、反対舷の船首部が波底へもんどり打つ:Broaching。膨らみを持つ船尾とそそり立つ船首の浮力差がこのブローチングを助長するが、小型船では横転沈没に至る場合も有り、巨大船でも船首が斜め前から奈落の波底に転げ落ちそうに感じた。

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