安達 直
東西を跨ぐ
地球最大の海洋である太平洋は万物に対し自由航行を許すかのように胸襟を開き、そこに生起する万象を自由気ままに極限まで発達させる寛大な度量を持っている。この航路の針路設定は航海環境次第であり、現在の位置から到達地点迄の最善の航路を選びながら航行する。
それには常に「船位」の把握が大切になる。私が航海士になった頃、ほんの40年ほど前迄は、狙った天体の水平線上からの高度を「六分儀」で測る「天測」を必須としていた。晴れ間の少ない北太平洋では、太陽や星を密雲に垣間見て、水平線は荒天や霧霞みで不透明なのが常であり天測の好機は殆ど無い。心眼の技を以ってその瞬間を逃すまいと航海士が総出で六分儀を構えていた。航海士官は自然環境の中で随時必要な海技を使い得るように心掛ける精神を持たねばならない。今やGPS(Global Positioning System)で常時正確な船位が得られ大洋航海の必須課題が解消された。このような科学の発達により、難航が必至のこの航路も種々の船舶が安全で効率的に横断できるようになった。
しかし過去を振り返れば荒天中の大型船折損沈没等の大海難も多く、依然、経験工学の要素を持ち合わせる船舶建造技術の試金石にもなっている。現在、最大限まで大型高速化され抜群の航行性能を有するに至った新鋭コンテナ船の航海でも相当の困難が付きまとう。
やはり地球上で最長、且つ高緯度を経由する大洋横断の航路であり、温帯低気圧や台風が頻繁に駆け抜けるので多様な天気と時化が常態化している。故に私の航海記に最も多彩で多くの記述を残しているのが北太平洋航路である。
西高東低の冬型気圧配置に於いてシベリア高気圧が弱まるとアジア大陸モンスーンが止む。冬が終り「春一番」に乗って霧雨団が中国大陸沿岸南方から日本、千島、アリューシャンの各列島を包み込んで北上を始める。すると、台湾付近で頻発する温帯低気圧が日本の花見シーズンを狙う「春の嵐」を起こし、その前線が次第に日本列島辺りに停滞し始めて入梅の季節を迎える。やがて北太平洋高気圧が日付変更線の北緯35度付近に居座り、同心円状に広がる等高線で北太平洋全体を勢力下に収めてしまうと本格的な夏の到来となる。
アリューシャン列島の冠氷輝く秀峰や噴煙纏う奇峰も、麓に緑の絨毯を敷き詰め荘厳と座して威容を現す。年中、殆ど霧で隠している氷河に刻まれた山肌を暫し陽光に癒しているかのようである。この7〜9月時期には台風が猛威を振るうが、概して太平洋ならではのゆったりとした長大なうねりに乗って快走を続けることが出来る。そして、再び厳しい冬季が巡り船舶は難航するが、自在に滑空する風の申し子『アホウドリ:信天翁』の流体力学を極めた正に滑るような飛翔は迫力を増す。人間は帆船やグライダーを開発したが、昔の帆船は潮流や風向に殆ど逆行できずそれに順応した航路選定を鉄則とした。また、アホウドリの見事な「エネルギー保存の省エネ航法」は未だ為し得ず、神が授けた能力に感心するばかりだ。
幾度か北太平洋を横断しながら観察した風潮流と気象は、永年の観測実績に基づく水路書誌の説明を裏付けるものだった。定常な北東貿易風に押された「北赤道反流」が北緯5~20度辺りを幅広く西へ流れフィリピン諸島に当たって南北に分岐し、北流が台湾から日本列島南岸沿いを洗う「日本海流」(別名:黒潮)となる。
その流域は別名の通り一際濃い群青色の強流で、特に夏季には4〜5kts、海水温度は摂氏30度近くにも達している。晴天の静穏な昼間には陽光が水中深く迄キラキラと差し込み、鯨、海豚、海亀や飛魚などの遊泳が見えるほど透明度も高い。更にこの黒潮は日本列島沿いに北東に流れ、犬吠崎沖の北緯36度辺りに達する。
そこでカムチャッカ半島付近から南東方向への深緑で低透明度の寒流(一般的に寒流は、栄養豊かでプランクトンが多い)千島海流と混交し、殆ど年中、霧を多発させている。寒暖流が入り混じると緑がかった水温10度ほどの潮流となって概ね東へ向かう。更に「偏西風」に押され「北太平洋海流」となって北米西岸に到達する。
これが大陸沿岸を南下すると「カリフォルニア海流」と呼ばれ、有名な「霧のサンフランシスコ」や「カリフォルニア気候」の主因となる。そして、再び南下して貿易風から西方への惰力を得る。これら北太平洋の主要な定常風や海流は「大環流」と呼ばれ時計回りに循環している。つまり北部は東へ、南部は西へと楕円形の還流を形成している。