安達 直
西への航海
北米西岸から極東方面への西航は、北はバンクーバー島、南はカリフォルニア半島付近から発航する。其処から日本等の極東諸港へ至るには大圏を基本に航路気象に臨機応変した航路を選択するが、これらは「北太平洋の環流」に逆らう航海となる。現代の大型化した高馬力の船舶では、この不利を考慮してもなお有利な航路として常用している。しかし、凡そ夏季の数ヶ月を除いて、西方からの温帯低気圧や台風と頻繁に出会うので東向け航海とは数段違いの難易度がある。こうした逆境の中で、アラスカ湾流と千島海流は順流であり、また、アラスカ半島、アリューシャン列島、カムチャッカ半島、千島列島も天然の防波堤として風浪の遮蔽に活用できる。極東生まれの低気圧は太平洋を斜め横断しアラスカ湾に至り終焉する迄に1週間~10日程度かかり、航路半ばの日付変更線(180度子午線)付近で最盛期を迎える。これに反航する形で北米大陸を極東向け出帆した20kts超の船舶も4~5日で180度子午線に至る。この最盛期付近での会合を無事に航過すべく、北米から出帆前4~5日の天気図上で極東に生まれた低気圧をも注視しながら慎重に針路を選定せねばならない。
高緯度地方であるバンクーバー、シアトルを出帆すれば、バンクーバー島南側のJUAN DE FUCA海峡から大圏航路でUNIMAK PASSに向かう。風浪次第でベーリング海に入るか、アリューシャン列島の南側沿いに航行するかを選択する。そこからはこの列島を防波堤として風浪を遮るようにその南か北側を航行し、迫る低気圧との出会いを計りつつ経度180度辺りに至る。再び北太平洋に乗出して大圏航路で犬吠埼に向かうと最短距離だが、北東へ向かって来る低気圧と頻繁に出会う状況となる。しかも低気圧は35度以上の高緯度での発達が著しく、西航する船舶には低気圧の進行方向の左側(北側)が順風浪で右側(南側)は逆風浪となる。因って、どうしても低気圧の順風域を航過したければ、低気圧の中心に飛び込む覚悟でその北側通過に努力すべきである。中途半端な南への避航は逆風浪で難航必至となり、そこを迂回すれば相当の距離増加となる。ATTU島を経て太平洋に出るか、更にカムチャッカ半島沿岸の北緯52度・東経160度付近に達してから、千島列島、日本列島沿いに南下を始める方法もある。それほど辛抱しても低気圧の前面か中心付近を突破して北側を航過する方が、その後に追手風浪と千島海流を利用できる。また低気圧背後の高気圧から吹き出す北西風の「吹走距離:FETCH」にも配慮を要する。千島列島、日本列島の近海に於いては低気圧通過後、アジア大陸からの高気圧の張出が強い時には一段と強烈な北西風が日本列島を越えて太平洋に吹き降ろす。そのFETCHを遮る陸が無いので波浪は発達を極め、南から風浪と相俟って混沌とした海域となる。これを避けるためには、これら列島の防波堤効果を利用して島々を観ながら沿岸航行するのが良かろう。一方、発達した温帯低気圧がベーリング海やアラスカ湾に到達すると、JUAN DE FUCAからUNIMAK PASS付近は強烈な南西の風浪が卓越して航行困難を来たす。こうなれば北米出帆時から低気圧の南側へ避航せざるを得ず、大圏航路から大きく外れて航行距離が膨らむ。日付変更線の北緯40〜50度付近まで西進し、以後できる限り次々に迫り来る低気圧の北側を大圏沿いに航行し、極力、距離を短縮し順風波浪を受けるべきだ。
中緯度地方のサンフランシスコやロサンゼルスから日本へは、最短距離の大圏航路が採り易くなるが途上の中間付近で最高緯度が北緯48度に達する。この辺りは低気圧の銀座通りなので、その北側を通過して順風浪を得る対策に腐心する海域である。早目に北緯52度付近でアリューシャン列島の南側に取付いてアラスカ湾からの西流に乗り、風浪を避けて、適宜、列島の南又は北沿いを航行するのも良い。180度線を過ぎて目的港への到着予定時刻(ETA)を決定的にしたい頃、時にカムチャッカ半島南端をかすめてアリューシャン列島へ向かう急発達中の低気圧が迫る。このような高速(30〜35kts)で接近する低気圧に対しても、到着遅延を避けるには東方風浪に乗って順走できる低気圧の北側が有利である。その確保にはカムチャッカ半島の目前まで低気圧との先陣争いが繰り広げられる。
北緯20度辺りの低緯度地方であるカリフォルニア半島南部海域からの極東向け西航は、パナマから中南米沿いに北上して来る船舶が漸く大圏航路に乗れる所である。詰まり、極東からパナマまでの洋上の大圏航路は此処に終始点とする。そこから北緯35度辺りまで北上する大圏航路での最短距離を選ぶか、距離は長くなっても北上せずハワイの北付近を貿易風と赤道反流に乗って速力で稼ぐかを選択する。冬季には、後者の方が日本近海まで平穏に快走でき ♪♪青い空~そよぐ風~♪♪ っと、憧れのハワイ航路になる。