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操船と運用の実際:VLCC

安達 直安達 直

操船者は理論に沿って安全に操船するのが常套であり、船舶挙動と外力等の情報を得ながら操縦性能を駆使して適切に制御できねばならない。未だ、操船の自動化には限界があり、高度な操縦は練達者の技に頼っており、刻々と入る情報を自らの目安に依って処理し理論に適った操船を具現している。私も船種毎に理論と実践から得た目安を以って操船していたので、今回は、操船性能が特徴的なVLCCでの例を挙げてみる。

はじめに

「VLCC は船舶なるが故に成し得た最大の輸送システムであり、因って動作性は必要最低限に淘汰されている。」これが操船面でのVLCCの定義であり課題とも言えよう。

VLCCでの船長交代を入渠中に済ませ、完工後、沖出しの過程で確認検査を施行した。その後、バラスト漲水の途中でドックマスターを下船させて自ら操船して沖合の錨地に向かった。停泊船の方位と風向を確認して投錨点に進入したが、舵と機関を駆使しても船首が狙った方向に向かず横流れ状態での投錨となった。風が無く潮流も弱かったが、超軽量バラスト状態VLCCの操船は極めて困難で危険であると痛感した。

マラッカ海峡通航中の満載VLCCは「喫水制限船」の紅色全周灯3連、円筒形象物1個を掲げる事が海上衝突予防法に規定されている。これは喫水と推進の関係に因り、その進路から離れる事が著しく制限されている動力船であると表示している。このお墨付きを宜しく弁えて安全な速力で我が道を進むべきである。一般の動力船に対して避航船となる見合い関係になっても「この喫水制限船の印が見えぬか!」と相手を避航させる優位性が同法に規定されている。

逆に、「喫水制限船」の方が下手(へた)に舵を切ってやっと回頭しても、惰性が付き過ぎて元に戻れない場合もあり得るのだ。当該船の安全な操船を求めて数多くの研究がなされているが、要は十分なる距離と時間の確保、即ち速度や加速度の的確な制御である。全ての移動物体の制御に通じることだが、ことVLCCではその巨大慣性力への超デリカシーが要求される。

航進に関して

速力調節

基本単位1kts=51cm/sec、安全着岸速度:0.3kts=15cm/secの認識

浅水影響

水深Dと喫水dがD/d=∞:無限ならば影響無いが、D/d=4以浅で現れ始める。
D/d=2以下になれば旋回半径は約1.4倍に拡大し、船体への海潮流の圧力も水深減少に連れ極端に増加する。特に、旋回の内側からの横潮であれば、旋回径は更に大きくなる。
従って、座礁寸前の浅水域とか運河の閘門内では、深海とは異なり、船舶の移動に伴う排水量の拡散が極端に制約される為、格段に大きな推進力や舵力を要する。また、船首から広がる「八字波」の角度は、深海で約20度、船首沈下が出始めると45度程度になる。更に、沈下が激しくなると正横近く80度程度に広がり操縦不能や船体異常振動等の危険状態に陥る。

回頭速度

1deg/3sec超では止め難くなる。都度、排水量とUKCの状態を考慮する。

姿勢制御

暗車後進時の船尾左転による右回頭を抑える為の左一杯当舵の効果。

前進転舵応答

回頭・旋回性向の把握

旋回縦距

正面に障害物を発見し、最大舵角を取って回避するには約0.5浬が限界。

各船で設定されている機関回転数RPM/速力ktsの関係

「一例」 微々速:24/5.3, 微速:30/6.6, 半速:43/9.5, 全速:55/12.2

停止に関して

入港前主機試験

外洋航海中は常用出力での全速前進運転が続けられ、時には一ヶ月以上に及び、その状態を維持すべく機関システム全体を常態化している。
従って、主機関を停止や後進に切換える前には周到に準備して円滑な運転を期す。勿論、緊急停止せざるを得ない場合には即座に機関を操作できねばならない。大型船舶では入港前の余裕ある時期に「後進テスト」を実施し、不具合があれば漂泊、或いは錨泊して修理する。

満載VLCC常用速力から停止までに要する時間/距離の概略

満載で深海の場合

常用全速15ktsからS/B全速12ktsまで20分/4.5浬。
12ktsから後進可能6ktsまで30分/4.5浬。
ここで前後進試験に20分/1.5浬を要し残速2kts(緩歩の速さ)となる。
続いて半速後進にて停止まで30分/0.5浬。

この間、距離は4.5+4.5+1.5+0.5=11浬、時間は20+30+20+30=100分となる。
従って、初速力15ktsでは停止点の15浬前から減速にかかり、途中速力の目安は停止点までの残浬数を残速ktsとし、軽荷時はその約2倍とする。

5ktsからの全速後進による停止距離と所要時間

軽荷:245m/3分、満載:490m/6分。
着桟数メートル前の接近速度は0.5kts以下、1m手前では0.1kts(5cm/秒)以下として、1m÷5cm/s=20秒かけて、フェンダーに吸付くように接舷する。

風圧力

正横:15m/s時、空船で150MT、満船で100MT。
正面:夫々の1/3。

流圧力

正横:流速1ktsで100MT(深海)、200MT(UKC50%)。
正面:夫々の1/3。

流体が船体に及ぼす概略の圧力Pは、

P=1/2ρ・Cr・V²(Acos²θ+Bsin²θ)

 

ρ:流体密度

Cr:圧力係数(垂直方向=1)

V:流体速度

A、B:横縦の投影面積

100㎡当りの垂直方向圧力は、次の通り計算できる。

・10m/sの風では、

1/2・1.293・10²・100=6,465kg

・1kt(0.5m/s)の海水流では、

1/2・1025・0.5²・100=12,813kg

流体の流圧力は流速の2乗に比例し、海水は空気よりも圧倒的。

錨泊に関して

安全確実で迅速な投錨の完遂が理想であり、本船の慣性力を巧みに制御する操船能力に左右される。上述の速力逓減を目安にして1浬前で0.5ktsに落し、投錨地点で0.3kts以下とすれば、錨鎖繰出し速度を超えず安全に投錨できる。

コンテナ船や自動車船は大型バラ積船やVLCCに比べて運動性能が高く、軽量であり投錨は短時間で完了できる。後進テストの際、約5ktsに減速して風に立てると風力5以上の風浪があれば簡単に停止するので、機関の後進は使用せず投錨できる。

把駐力

錨鎖の長さ「通常時」=3D+90m、「荒天時」=4D+145m D:水深m。
略算(MT)=1.5W+0.0000219d²x27x錨鎖節数 W:錨重量MT d:錨鎖直径mm

ウインドラス巻上張力/速度

70MT/1節/3min=15cm/sec=0.3kts。

投錨

錨泊船の船首方位を錨地への進入針路の目安とし、早めにその針路に乗せる。風潮流に向けて舵が効く程度の微速で前進しながら針路を保持し、予定地点にて適切な投錨方法で錨を海底に降ろす。過大な残速は錨鎖を強く張って危険な状態になるので、通常「対地」速力はゼロ乃至は微かに後進速力とする。河川や潮流の中ではその流れが「対水」速力として残っている状態で投錨するが心地良いものではない。
微妙な対地速力を感知できるGPSやソナー等の高精度の測位器機が装備されておれば、巨大船でも安心して投錨できる。しかし、元来、船首と正横方向の物標方位の変化を観て挙動を制御する海技が必須とされていた。艤装数で定められる錨と錨鎖のサイズは凡そ排水量とともに増大するので、特に巨大船では、慣性力や外力/抵抗を十分考慮して投錨に臨むべきである。

一般的な投錨方法は、錨鎖制止ブレーキを開いて錨と錨鎖を水中で自由落下させてから、風潮流に合わせて錨鎖を繰り出し、張り具合で錨掻きを確認する。水深30m超では自由落下の加速が危険になるので、揚錨機を逆転させて錨鎖を繰り出す方法を採る。この際、錨に当たる水流が強いと船側外板を叩くので、船速4kts以下となってから繰り出し始め、錨が着底したら全方位への船首部の移動速度を錨鎖の繰り出し速度0.5kts以下に保って的確に錨を掻かせる。これらの手法を併せて、海底近くまで繰り出してから自由落下させる方法もある。大型船となる程に、錨と錨鎖を自由落下させる際の錨鎖と関係機器への衝撃は凄まじく、それを緩和させる為にも繰り出し方法が多用される。

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