『オーバードラフト』の話です。
昔、ある鉱石船が豪州で積荷役をしたときにオーバードラフトしてしまい出港停止になったことがあります。当然、満載喫水線より多くのカーゴを積むことができません。ところが、荷役終了段階になって予定量を積んだところでストップするはずが、気が付いたら予定より大幅に積んでおり、50cm以上も満載喫水線より深くなっていました。いわゆるオーバードラフト(Over Draft)というヒューマンエラーが引き起こす事故です。
事故が発生するときは、そんな馬鹿なということが現場で起こっているのです。陸上Loaderの検量計に大幅に誤差があるかも知れません。誤差が大きければ、陸上側の積荷作業員は予定量以上のカーゴを積もうとします。そのため積み切る前の荷役最終段階になると、船側は継続した喫水変化の監視が必要です。C/Oは予定量手前で、陸上側へ積荷ストップのオーダーをしなければいけません。当時どこかに気の緩みか、勘違いがあったのでしょう。
積地ターミナルには揚荷用のクレーンはありません。もちろん鉱石船にも揚荷用クレーンはありません。その事故のときは港湾当局の許可をもらって船を沖へシフトし、そこでチャーターしたクレーン船で瀬取りして海洋投棄したそうです。幸いにも積荷が鉄鉱石だったので、海洋投棄も大きな問題にはなりませんでした。
オーバードラフトが問題になるのは何もバラ積船だけの話ではありません。自船の喫水を実測して、ドラフトゲージやLoading Computerの計算結果と比較することは、船種に関係なく非常に重要なことです。タンカーやLNGでもオーバードラフトが問題となることがあるのです。最近はどうか知りませんが、京葉シーバースに入港するタンカー船がオーバードラフトで入港拒否されるというトラブルが年に数件発生していました。
バラ積船のオーバードラフトの原因の一つに海水比重の想定外の変化があります。河口付近の港や大量の雨水の流入によって比重が1.010~1.025まで大きく変化する港があります。積荷役開始時と終了時で大幅に比重が変化する場合は要注意です。
さらに比重計を使用する時の混乱・理解不足という問題があります。バルカーに乗船経験がある人にとっては常識かも知れませんが、比重計(Hydrometer)には大きく分類して2種類あります。オーストラリア等ではサーベーヤーは「Draft Survey Hydrometer」という比重計(英国Zeal製)を使用してカーゴ積載量を計算します。これは私達が使用する比重計「Load Line Hydrometer」と異なるのです。その差は約0.002でDraft Survey Hydrometerのほうが小さい値を示します。このDraft Survey Hydrometerは空気中の貨物の重量を計算するためのもので、満載喫水線規則に関する比重を計測するときには、私達が所持する「Load Line Hydrometer」を使用しなければいけません。
バラ積船で積荷役時に満載喫水線ぎりぎりで積み切る場合、標準海水比重に修正した喫水まで積むことができます。例えば、海水比重が1.020で積み切るときは、1.025に修正した値まで積んでも良いのです。つまり積み切り時点では満載喫水線より約5cm分深く積むことができるのです。積んだ時に満載喫水線より5cm深い喫水であっても、標準海水の海域では5cm浮いて所定の満載喫水となるからです。ただし、海水比重の計測誤差やドラフトの読み取り誤差が必ずあるので、その分を考慮して積み切る必要があり、航海士、特にC/Oは非常に神経を使うところです。