『段取り』の話です。船長の立場でしたが、甲板部のバラストタンク内検に立ち会う機会があり、他甲板部職員と一緒にバラストタンクにもぐりました。タンク内は泥だらけで安全靴のまわりには泥がべっとり付いてしまいました。内検を終えてその靴の状態で上まで昇ってマンホールから出るのですが、ここで気の利いた甲板部員なら安全靴や長靴が汚れて上がってくることを見越してウェスを用意してくれています。そのときは残念ながら、ウェスが用意されておらず、おかげでマンホール付近の床は泥だらけです。それを拭き取る余計な仕事までできました。ちょっとしたことですが、こういったときに段取りの良い乗組員を期待します。
船長がどんな場面でイライラ、カリカリする心境になるかは、船長になって初めてわかるもので、船長にならなければ実感できないでしょう。例えば、エンジンオーダーひとつとっても、3/Oが回転数が上がりきったのを確認してから一呼吸置いて「Dead slow ahead engine, sir」と返答すると、船長はまだかまだかと返答を待つ時間が非常に長く感じます。3/Oとしてはきちんと所定の回転数になってから「Dead slow ahead engine, sir」と返答するよう心がけているのでしょう。また、そうするよう教えられてきているはずです。所定の回転数に上がっていないのに「Dead slow ahead」と返答すれば叱られます。しかし、岸壁近くでエンジンを使っている時など、状況によっては早めの返答が望ましいときもあります。船長が早く返答を欲しがっているなと、その状況を把握できるようになって初めて、一人前のテレブラフ操作者と言えるかも知れません。
岸壁前でほんの少しだけエンジンを使用するとき、いわゆるワンキックの場合、プロペラが回り始めて直ぐに止めたいのに3/Oからなかなか「Dead slow ahead」の返答がないと船長は非常にイライラするものです。また、出港時に船首尾で係船索が甲板上にすべて上がって「All lines clear on deck sir」という返答を待っているときも、係船索がとっくにチョックを通過しているのにドラムへ巻き取るまで「Clear sir!」の返答がないと、船長はイライラします。
特に船尾配置は船橋から良く見えているので、スプリングが甲板上に上がってもなかなか、「Spring Line on Deck, All lines Clear Sir」の報告をしないと、「2/Oは何をのろのろしているんだ。さっさと報告しろ!」と思われていること間違いなしです。このような船長の立場や心境を汲み取って早め早めの返答を心がけるのも航海士のセンス・要領かも知れません。
出港S/B作業が終了した後、船首尾配置の航海士は船橋に上がって来て、船長に「出港作業がいつも通りでした。機器の作動状態、作業手順その他何も異常はありませんでした。」という報告をしていますか?あるいは、入港S/B作業に入る前に船橋へ行って、現在の状況やS/B作業で特に注意すべき点がないか船長や当直航海士に確認していますか?
私達日本人航海士にとっては、これが当たり前の確認・報告ですが、外国人航海士には、できない人もたくさんいます。誰かが教えないとやはり彼らには船橋に行く意味がわからないのでしょう。船首尾配置の最高責任者である担当航海士は最終報告を船長(船橋)に行うのは当然です。それをトランシーバーで報告すれば、それでわざわざ船橋へ行く必要はないと考える人もいるでしょう。でも船長と航海士がお互いに顔を合わせることが、円滑なコミュニケーションの第一歩です。船橋に行って、些細な問題点や何か気がついたことでも船長と相談したり、質問したりすることが大切なのです。