五感の中の一つである『聴覚』による見張りの話です。
2002年7月発効のSOLASにおいて、2003年7月以降の建造船には「Sound Reception System (音響受信装置)」が搭載要件となりました。音響受信装置とはドアを締め切った船橋においても航海当直者が音響信号やその方向を知るための装置です。確かに船橋のドアを締め切って当直していると、自船が鳴らす汽笛さえ聞こえ難く、当然、他船の汽笛が聞こえないことがあるため、それを補うための装置です。
皆さんは汽笛信号や霧中信号を鳴らすときに到達距離を意識していますか?COLREG要件ではわずか2マイルですが、実際にもせいぜい3マイルが到達限界です。海上衝突予防法では視界制限状態を明確な距離で定義していません。船の大きさや速力等そのときの状況によるからです。例えばある会社が定めるOPMでは視程3マイルが「Restricted Visibility」と定義されているので、丁度汽笛が聞こえる範囲が視界制限状態と理解して操船すれば良いでしょう。航行中に霧に遭遇したときには、2分間を超えない間隔で長音1回を吹鳴して3マイル以内の海域にいる他船に自船の存在を知らせているのです。
汽笛の可聴距離要件は2マイルですが、ドアを締め切った船橋内では、2マイル以上離れた他船からの汽笛が聞こえるかはなはだ疑問です。危険物積載船では基本的には居住区や船橋は安全のためにドアや窓を閉めているので、汽笛が聞こえないことが多いはずです。入出港スタンバイ時は船橋のドアを開けておけば問題ないですが、航海中に1日中、船橋のドアを開けっ放しにしているわけには行きません。
従って、霧中航行時、船舶輻輳海域航行時等、他船の汽笛音に注意する必要があるときには、音響受信装置はとても役に立つ装置です。 集音マイクが前後左右4箇所に配置されており、周囲で他船が汽笛を鳴らすと、その方向のマイクが音を拾って、表示盤にその方向の赤色ランプが点灯し、かつスピーカーから汽笛の音が聞こえる仕組みになっています。ですから、スピーカーから音が聞こえた場合、表示盤を見るとどの方向から汽笛が鳴っているのか一目瞭然で、すぐに判ります。また、この装置の優れた機能として、自船が汽笛を鳴らしたときには、その音に反応しないようになっています。
自船の汽笛のボタンを押すと、自動的にスピーカーの電源が切れて、表示盤中央の緑色ランプが点灯するようになっており、自船の汽笛の音を拾わない仕組みになっているのです。しかし、実際に使用するとなると、風による雑音を集音マイクがひらってしまい、風の音があまりにも騒がしいので他船の汽笛音が非常に聞きづらく、また、誤作動も多いため普段はあまり使用する気にはなりません。
さらなる性能・機能改善が求められる装置と言えるでしょう。一方、音響受信装置を使用しているからといって、この装置に頼りきってしまい、ドアを締め切っているのは不安全かも知れません。やはり基本は「視界不良時は船橋ドアを開放して汽笛音に注意!」です。
船の汽笛もときどき故障するものです。故障の原因で多いのは、振動板(Diaphragm)の破損と電磁弁の固着です。振動板が割れた場合は予備への交換によって簡単に修理できます。また、発錆等による電磁弁の固着の場合も電磁弁を交換すれば直ります。汽笛が鳴らない場合、本体に手動のレバーが付いているタイプならば、現場へ行って手動で鳴らしてみれば良いでしょう。
Airが正常に供給されているにもかかわらず、変な音がする場合には振動板が割れているかもしれません。電磁弁がカチカチと切り替わらないのなら、電気的なトラブルです。いずれにせよ汽笛が故障した場合、直ぐにエンジニアに依頼するのではなく、航海士でできる範囲で振動板、電磁弁、エアーライン等を調べなければいけません。