安達 直
復原性
商船が漁船やヨットのような強い復原性を有すれば横揺も短周期となり、極めて安定性が悪い状態になる。積荷や装備品は抑えきれずに飛び回り、乗組員は船酔いも加わり仕事や生活に難儀する(ボトムヘビーの状態)。船舶の復原性や横揺周期は、船舶の重心位置(G0)とその上方にある横揺中心(M)との距離「G0M」に関係し、重心位置(G0)が高くなり(M)に近づくほどに復原力が減り横揺周期は長くなる(トップヘビーの状態)。このようにG0Mは船舶の転覆防止の安全基準値とすべき要素である。航海中にも燃料等の消費によるG0M減少を勘案して、随時、船底部のバラストタンクに海水を漲水して十分な復原力を維持しているが、G0M値がゼロに近付くと横転し易い危険状態になる。遊漁船の定員過超や大漁による重心上昇によりG0M不足となった横転事故は絶えない。一方、燃料消費量(馬力)は排水量の2/3乗に比例する理論も忘れてはならない。効率的に航走するには船体抵抗の低減が肝要であり、排水量と慣性力の軽減、即ち、無用な海水バラスト量の最小化が大切だ。しかし元々トップヘビー気味である満載の自動車専用船が、航海中のバラストの漲替え作業中にG0M不足で横転するのは真に嘆かわしい。我々船乗りは、日常の船遊びにも小舟艇のマストに人が登ればG0M低下を気遣い、船長や航海士として乗船すれば船舶の状態と挙動からG0Mを感得できるプロであるべきだ。
新造船の竣工時には、造船所での重心査定試験等のデータを基に復原性資料が作成される。これを基に次のG0M算出方法が確立されている。
① 載貨状態からのG0M計算法
② 横揺周期からのG0M計算法
①では正確な貨物の重量分布が把握できないと信頼できず、貨物によっては②の算出値と大差が出る。実際に数千個積のコンテナ船を例に挙げれば、個々のコンテナの重量は測られているが重心位置は安全性を加味した推定値であり正確なG0Mは算出できない。従って正確なG0Mを求めるには、船体横傾斜の横揺周期を計測した②に軍配が上がる。コンテナ船でのG0M算定の経験では①は②より50cm程も小さい場合もあり、その船舶のG0M最小基準値と定められていた50cmに及んだ。①の方法では、各コンテナ高さの1/2に重心位置を仮想設定しており、実際よりも高く見込んでいる。従って①は、復原力を小さ目に評価して安全性に厳しい値と言えるが、逆に過大なG0Mの具備に繋がるので、適宜②の値と比較して最小基準値の維持に努めていた。材木運搬船では、材木の重量や重心の実測データが不正確な為①の誤差が大きくなるので、②の横揺周期計測器を設置してG0M値を連続監視している。
一方、船体横揺と波浪の同調や横突風による船体傾斜等を凌ぐ復原力を生じる「G0M値の基準」については船型毎に多くの検討がなされてきた。その限界値は「神のみぞ知る領域」であり決して侮ってはいけない。安全な復原力を得るG0Mの最小基準値と計測値の双方に不確定要素が介在している。実際に大波浪を突き進む船舶の挙動は単純ではなく、如何なる荒天航海でも転覆しないG0M基準値を決めるのは難しい。実用上、安全性に余裕を持たざるを得ないが、これも船舶の巨大性という性質の一端を表している。またG0M自体が地上の物体に無縁であり、水上浮体の特有値である。最近の超パナマックス型コンテナ船は、船幅が約40mもあり傾心点Mが大きく上昇しているのでG0M値は十分との安心は禁物である。あくまでも、重心位置が上昇すれば復原力は低下して転覆の可能性は大きくなる事を忘れてはならない。造船所が新造船に備え付けるべき船級協会認可済みの船長用資料の中には、安全運航に必要なG0M値に関する運航マニュアルがある。G0M基準値は、運航者が勝手に決められるものに非ず、其れを確保できるように計算された積付け計画通りに貨物やバラスト等を積載し、離岸の直後からは横揺周期を計測してG0M値を見張るべきである。
最近の自動車専用船:PCC(Pure Car Carrier)では、特殊な船型や横転事故の教訓を反映したのかG0M最小基準値の確保がマニュアル化されている。PCCは車両積載デッキの高層化により巨大な正横投影面積を有するが、車両は軽い貨物なので排水量は比較的小さい。されど、スクリューの完全没水と横流れ防止の為に適切な喫水を維持した流麗な水線下船体を備えて繊細な推進効率向上が図られている。故にその復原力曲線は、傾斜開始から立ち上がりの低い曲線になり、相当大きく傾斜しなければ充分な復原力を得られない性質を示している。つまり船幅が同じであれば、復原力曲線が鋭く立ち上がる四角張った船型のコンテナ船よりも、PCCではより大きなG0M値を必要とする。