行政官庁の任務に携わる役人、いわゆる『官憲』の話です。
どこの国を訪れても同じですが、岸壁や錨地に到着してすぐに乗船してきて、態度が横柄で威張り散らかしているのが官憲です。但し、日本の官憲の皆様はそうではありません。ある港で税関が乗組員のキャビンチェックを行うと申し出てきました。もちろん官憲の要請ですから断るわけにも行きません。港に着いたばかりで船長や一等航海士は他の関係者の対応に追われて大忙しです。
そこで、手の空いている若い航海士に船長のマスターキーを渡して税関の乗組員数名のキャビンチェックに立ち会うよう依頼しました。しばらくして税関のチェックが終わり、その航海士から報告を受けて思わず絶句しました。「船長室のドアが開いていたので、税関職員を船長室に連れて行き、船長室も検査しておきました。」というではないですか。
昔からどこの国の官憲も船機長の部屋を原則的にはチェックしないのが暗黙の了解、不文法、常識となっています。もちろん船機長室といえども聖域ではないので、徹底的な検査をするときは船機長室も検査対象となります。しかし通常、税関職員は船機長には敬意を表し、船機長室は遠慮してチェックを行いません。ましてや船長が立ち会わずに船長室に入ることはあり得ません。陸上の会社でも同じで、社長不在のときに社長室に無断で入る人はいません。船機長の部屋をチェックするのは、密輸や麻薬所持の疑いで厳しく取り締まる為に税関が実施する「船内サーチ」のときだけです。
ですから、昔から、税関への申請手続き終了後にうっかりして申告漏れの物品が見つかった場合には、緊急避難的に船長室に一時保管したものです。船長室はある意味治外法権的な場所だからです。多分、このとき航海士は普通のお客様を案内するように何も知らずに船長室のドアが開いているので、船長室に税関職員を案内して調べさせたのでしょう。あるいはどこかのお客様と勘違いして船長室へ通したのでしょうか。おそらくこのときの税関職員も船長室に案内されて奇妙に思ったはずです。もちろん、天地神明に誓って、そのとき禁制品等怪しい物品は船長室にありませんでした。
ちなみに、船の船長公室のドアは常に開いていますが、その理由を知っていますか?それは公室という名の通り公の場所だからです。船長公室は船長個人のためにあるのではないのです。船長室の寝室だけが船長個人のプライベート領域です。お客さんや業者の人との面談を行ったり、乗組員との打ち合わせや歓談に船長室を使用します。
船長室のドアが閉まっているのは、せいぜい船長が上陸しているときだけです。船長室の金庫にはいつも大金が眠っているので、盗難防止のために上陸するときは必ずドアを閉めて施錠します。ですから、皆さんはいつでも気軽に船長室を訪ねて行けば良いのです。きっとグレートな船長はあなたを温かく迎え入れてくれるでしょう。
船内サーチと言えば、私は経験ありませんが、税関による船内サーチで厳しくチェックを受けることがあります。ある船に麻薬や武器等禁制品が積まれて日本に入港するという何らかの情報を税関が入手すると、その船が内地に入港して舷梯が降りると同時に、何の事前連絡もなく、つなぎを着た税関職員の精鋭部隊10名以上がトーチや鏡など特殊工具を所持して乗り込んできます。そして居住区、機関室から貨物倉まであらゆるところをサーチするのです。天井裏からタンク内まであらゆる場所を点検します。ときには壁まで剥がして捜索します。
最近でもコンテナ船等ではあり得るのではないでしょうか。私が経験した税関にまつわる話を一つ。VLCCを下船したときのことです。東京湾沖のSea Buoyからサンパンで川崎の通船小屋に着きました。すると狙いすましたように即座に1台の車がそばに乗り付け、3人組の不審な人達が近づいて着ました。
何事かとびっくりしていると、その中の1人が「税関ですがバッグの中身を確認させてもらっていいですか?」と言います。もちろんペルシャ湾帰りなので何もやましいものを所持しているはずがありません。(ペルシャ湾でなくても不審物を所持したことはありませんが。)結局カバンの中身をチェックした後、税関職員達はどこかへ行ってしまいましたが、一瞬の出来事で、身構える余裕もありませんでした。