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錨のことなんか関係ないと思っているようでは、航海士失格

若い航海士にとっては運用や整備する機会が少ない『錨』の話です。

以前執筆した風圧力と同様に錨の把駐力も概算を頭に入れて置いて下さい。2/Oや3/Oは錨のことなんか船長やC/Oが知っていれば良い、私は関係ないと思っているなら航海士失格です。常に船体に働く外力のバランスや大小を考え、概算の外力の値ぐらいは知っておくことが航海士の常識です。

例えば大型LNG船の場合、錨の重量は18トン程度です。そして錨鎖が1シャックル当たり、7~8トンです。錨の把駐力係数はアンカーのタイプと底質により、大きな差がありますが、安全サイドに考えて小さく見積もると、おおよそ3.0とみていいでしょう。従って錨の把駐力は18×3=54トンとなります。

一方、錨鎖の把駐力係数はおおよそ1ですから、錨鎖1シャックル当たりの錨鎖の把駐力は7×1=7トンです。従って、錨と同じ把駐力の錨鎖の長さは約8シャックルです。錨地で強風が予想される場合に10節の錨鎖を入れることがありますが、カテナリーカーブの分を差し引くと、丁度アンカー1個分に相当することとなり、強風下の錨泊中はアンカー2個分のHolding Powerを使っているとイメージして下さい。

アンカーのタイプも昔はJISタイプの錨を装備している船もありましたが、今はほとんどの船がAC14型の錨のはずです。AC14型錨の把駐力はJIS型のおおよそ2倍もあり、しかも、姿勢の安定もよく、錨かきが良いのが特徴です。ですから、AC14型は水深の浅い錨地でもWalk Backで十分であり、無理してLet goする必要はないというのが私の見解です。

以前、錨の大事故が発生しています。ある船が錨地でレッコーアンカーして、ブレーキが効かずに錨鎖が根本からもぎ取られて錨及び全錨鎖を紛失するという事故が発生しています。JIS型錨ならいざしらず、AC14型錨は非常に姿勢の安定が良いので、錨をウォークバックで海底に置くだけで、十分な把駐力が得られるはずです。私もLNG船で数多くの錨泊を経験していますが、ウォークバックで投錨しても十分に強風に耐えており、走錨の危険を感じたことはありません。

断言はできませんが、殆どの状況ではレッコーアンカーせずともウォークバックによる投錨だけで、その役目は十分果たすと言い切っていいと思います。従って、よほどの理由がない限り、錨はブレーキリリースによるレッコーでなく、ウォークバックを選択するのが賢明です。ちなみに、外国人職員は錨鎖の方向が真下のことを「Up and Down」と言います。私達日本人船員はUp and Downと言えば、錨が海底から持ち上がったときにしか使いません。慣れるまで、船首配置の外国人航海士からの「Up and Down」に戸惑いました。

船には様々な力が作用しており、その力を利用したり、逆らったりして私達航海士は仕事をしているのです。従って航海士の仕事を遂行するに当たり、それらの力の概算値を掴んでおくことが必要です。今話したような、風圧力や錨の把駐力の他にもたくさんの力が船という職場に存在します。それらの力をおおよそで良いので数値で知っておいて下さい。

タグの押力、風圧、潮流力、係船索の強度、Winch&Windlassの力、パナマチョックやボラードの強度、クレーンのSWL、GangwayのSWL、清水ライン・海水ラインの圧力、作動油圧、カーゴタンク圧、それぞれ何トンぐらい、何kg/cm2、何MPaでしょうか?概ねの値を即答できなければ、自分で一度調べてみて下さい。これらの概算値ぐらいを知っていることは、航海士の常識です。

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